第百話 いちばん静かな北野武

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 夏といえば、海である。それで、夏の映画にはよく海が出てくる。北野武がはじめて撮った『あの夏、いちばん静かな海』(1991)の海は、サーフィンをする海だった。 5、6人のサーフィン仲間以外には誰もいない砂浜に、真木蔵人がやってくる。聾唖の青年で、ゴミの収集を仕事にしている。粗大ゴミで拾ったサーフボードをもって、ひとりでサーフィンをやりにきたのだ。 そのうち、恋人の大島弘子がついてくる。彼女も聾唖である。だから、二人のカットに台詞はない。ただ二人で海にやってきて、黙々とサーフィンをやり、何もいわずに二人で帰っていく。 例のサーフィン仲間たちは、仲間内でこの二人を話題にし始めるが、自分たちの仲間に入れようとはしない。つてのない初心者が、自力で何かをはじめるというのは、まさにこういう感じである。 それは、ある種の孤立感として経験される。こういう経験を眼に見えるように撮るということは、きわめて高度な技術を必要としている。はじめて映画を撮った人間に、どうしてこんなことができるかといえば、才能としか考えようがない。 ところで、初心者が仲間に入るには、とりなす人間がいるものである。たまたま練習を見にきたサーフィン専門店の店主が、この二人の存在に気づき、面倒を見てやろうという気をおこす。 いや、店の客であるサーファーたちに面倒を見させようと思う。たんなる店主ではなく、地元のサーファーの先輩で、サーファー仲間には兄貴分同然なので、命じられれば面倒を見ざるをえない。 こうして二人は仲間に入る。が、何となく疎遠な感じである。これ以後、聾唖のカップルがサーファー仲間たちにとけ込めないままでいっしょに行動することが、物語を生み出していく。 たとえば、大会に申し込んで、みんなといっしょに現地入りしたはいいが、自分の名前を呼ぶアナウンスが聞こえず、出場を逃してしまう。その件で兄貴分の店主がサーファー仲間を叱るが、そのことが二人の孤立感をますます引き立たせる。 たんなる初心者だからではなく、やはり聾唖者であるがゆえに、一般社会から孤立せざるをえないということを、こういう形で示す演出は見事というほかない。ところが、二人の心中を暗示するラストシーンで、この構図が逆転する。 誰にも見ることのできない二人の世界が中心にあり、一般社会はその局外者として疎外される。二人の世界がどんな世界だったかは、観客にも分からない。監督の北野武にも分からなかったはずである。


あの夏、いちばん静かな海。

監督・脚本:北野武
キャスト:真木蔵人、大島弘子、河原さぶ、藤原稔三、鍵本景子、小磯勝弥
1991年/日本/101分

聾唖の男女が織りなす恋愛模様を綴った、北野武監督第3作。 北野作品唯一のラブストーリーであるが、言葉による説明を一切排し、主人公たちを覚めた視点で捉えるなど、既存の恋愛映画とは一線を画した仕上がりになっている。 “キタノブルー”と称される透明感のある映像や省略の妙も秀逸。また、本作が初参加となった久石譲の哀しいメロディが心に染みる。


第九十九話 相米慎二の庭

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 三國連太郎がなくなった。私のような若輩者には、三國連太郎といえば、小学生のときに見た、山口百恵主演のテレビドラマ『赤い運命』である。三國連太郎は山口百恵の実父の役である。 しかし、大映テレビ制作の<赤い>シリーズが、たんなるホームドラマであるはずがない。三國連太郎と山口百恵は伊勢湾台風で生き別れになり、山口百恵は血のつながりのない宇津井健に育てられる。 宇津井健は検事である。これに対し、三國連太郎は殺人犯である。ようするに、実の父である殺人犯の三國連太郎の罪を、育ての父である検事の宇津井健が追求するわけである。すごいドラマである。 私はその後、レトロスペクティヴの上映などで、三國連太郎のずっと以前の作品を見た。たとえば、成瀬巳喜男監督の『夫婦』(1953)などはそのひとつである。 上原謙と杉葉子の夫婦が東京に転勤になるが、なかなか家が見つからないので、上原謙の友人である三國連太郎の家に間借りすることになる。設定は明らかにスクリューボールをねらっている。 だから、こういう設定を面白くするには役者の力が欠かせない。三國連太郎のどこかオカマっぽい台詞まわしのせいで、杉葉子と三國連太郎の仲を怪しむ上原謙の態度が観客の笑いを誘うのである。 最近のものでは、私は相米慎二監督の『夏の庭 The Friends 』(1994)が好きだった。 湯本香樹美の原作で、この小説は新潮文庫で読めます。『夏の庭』は、小学生の男子3人が、庭のあるけっこう大きな木造の家にひとりで暮らす老人(三國連太郎)を、夏休みに「観察」することからはじまる。 老人は自分が小学生に観察されていることに気づく。ところが自分たちの行動が気づかれていることを、小学生の方は気づかない。 何日も雨戸が閉まっているので、不信に思った小学生はとうとう庭に侵入する。「死んだかもしれない」などと想像しているのだ。3人で勇気を奮って家屋のところまでやってくると、「わあっ」という大声と同時にいきなり雨戸が開く。 小学生はひっくりかえるが、それを見て老人は大笑いする。これがすばらしい。自分に興味を持った小学生を驚かせてやろうと、待ち構えていたわけである。 その心理的な過程をいっさいカットに撮らず、いきなりこの出会いの場面を演出した相米慎二を、心から尊敬しなければならない。 この出会いによって、老人と小学生は親友となるが、もし老人の心理的な過程が演出されていたら、彼らの友情がまるで栄光のように映ることはなかったであろう。


夏の庭 The Friends

監督:相米慎二
キャスト:三国連太郎、坂田直樹、戸田菜穂、根本りつ子、淡島千景、柄本明
1994年/日本/113分

人の死に興味を抱いた3人組の少年たち。近所の変わり者の老人に目をつけ、彼がどんな死に方をするかを覗こうと家の見張りを始めるが、ふとしたことから交流が始まり、やがて少年たちは老人の人生と対面することになる…。 名優三國連太郎の貫録ある自然体の演技と子役たちの伸び伸びとした表情が印象的な、少年たちのひと夏の成長記。淡島千景の存在感がじわじわと沁みる。


第九十八話 避暑地のサンドラ・ディー

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 『アメリカン・グラフィティ』(ジョージ・ルーカス 1973)では、短足で近眼のチャーリー=マーティン・スミスが女の子をナンパして成功するシーンがある。私はこのシーンが大好きだった。 ナンパされるのはキャンディー・クラークで、いかにも遊びなれた感じの女子高校生を演じている。成功の秘訣はまったく他愛ない。 どう声をかけていいか分からないチャーリー=マーティン・スミスが、苦し紛れに口にした「サンドラ・ディーに似ている」という台詞が成功の秘訣だったのだが、これが面白い。 こういう台詞が以外と高得点を得られるという感じが、本当にするからである。ところで、この映画の舞台である1960年代の米国で、サンドラ・ディーという女優はそんなに人気があったのであろうか。 サンドラ・ディーは、1959年に二本の映画に出ている。『避暑地の出来事』(デルマー・デイヴィス)と『悲しみは空の彼方に』(ダグラス・サーク)である。 私がこれらの作品を見たのは『アメリカン・グラフィティ』を見た後だった。『避暑地の出来事』は、実業で成功した父親が、かつて使用人をしていた避暑地のホテルに家族を連れて休暇に出かけることが物語の始まりで、その一人娘がサンドラ・ディーだった。 サンドラ・ディーは、かつては父親の雇い主だった男の一人息子であるトロイ・ドナヒューと恋に落ちるが、二つの家族は対立している。『ロミオとジュリエット』を原型にしたようなメロドラマである。『悲しみは空の彼方に』では、サンドラ・ディーは主演のラナ・ターナーの一人娘である。 ラナ・ターナーには写真家の恋人(ジョン・ギャビン)がいるが、結婚に踏みきることができない。大学生になったサンドラ・ディーは、母親の恋人であるジョン・ギャビンに好意を抱くようになるが・・・。 無論、これもメロドラマである。しかも、『避暑地の出来事』よりも数段本格的なメロドラマである。これらの作品のサンドラ・ディーを見ると、確かに可愛らしい。 ただ、どちらの作品もお嬢様的な役で、そのためか性的な魅力は抑えて演出されている。これが私の印象である。サンドラ・ディーに比べると、『アメリカン・グラフィティ』のキャンディー・クラークはどうみてもすれた感じである。 そういう女子高校生が「サンドラ・ディーに似ている」といわれて嬉がる心理は、どこか分かる気がする。どんな女子も可愛らしい女子が好きなのだ。 実際のところ、キャンディー・クラークはどこかサンドラ・ディーに似てます。


避暑地の出来事 A Summer Place

監督・製作・脚本:デルマー・デイヴス
キャスト: リチャード・イーガン、ドロシー・マクガイア、トロイ・ドナヒュー、サンドラ・ディー
1959年/アメリカ/131分

落ちぶれた名門ハンター家をかつて雇われていた男が妻子を連れて訪れた。 男の娘とハンター家の長男はやがて真剣に愛し合うようになるが、かつて恋仲であった男と、ハンター家の妻も再び恋愛関係に陥り、憤慨した大人たちのために若い二人は強引に引き離されてしまう…。 主題歌「夏の日の恋」が、全米9週間連続1位という、映画音楽でも稀にみる大ヒットを記録した。


第九十七話 晩夏のジョージ・ルーカス

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 日本の大学も諸外国にあわせて9月から新学期にしようではないかという意見が真剣に議論されているらしい。いったい何を考えているのであろうか。なぜこんなくだらぬ意見を真剣に議論しなければならないのであろうか。 私のような者にはほとんど理解不可能な話である。とはいえ、米国などでは新学期が9月から始まるということを知らなかったということではない。日頃からアメリカ映画に親しんでいる者であれば、そんなことは子供の時から知っている。 テータム・オニールとクリスティー・マクニコルが共演した『リトル・ダーリング』(ロナルド・マクスウェル 1980)は、6月に学期が終了してから9月の新学期までのあいだ、子供たちが民間のサマー・キャンプに参加するという米国の慣行を物語の舞台にしていた。 そういうことを知っていて、またそれがなかなか楽しそうだと思っても、日本もそうしようなどという馬鹿げたことを無闇に口にしないのが映画ファンの良識というものである。 さて、『アメリカン・グラフィティ』(ジョージ・ルーカス 1973)は、9月の新学期が始まる直前に物語を設定している。明日になれば高校時代の友人たちと別れなければならないという前提が、この夜に感傷的な意味を与えている。 ルーカスのねらいもそこである。晩夏という季節は、それ自体どこか感傷的だが、この物語はそれがいっそう強調されているわけである。カリフォルニアの小さな街が舞台になっている。 秀才のリチャード・ドレイファスはマドラス・チェックのシャツを白いコットンパンツの上に出している。生徒会長のロン・ハワードは、水色のギンガム・チェックのシャツをちゃんとコットンパンツの中に入れて着こなしている。 いかにも60年代のファッションである。私は高校生の頃、こういう恰好が真似したくてしょうがなかった。 リチャード・ドレイファスの妹で、ロン・ハワードの恋人である一年後輩のシンディー・ウィリアムズは丸襟のブラウスにノープリーツのフレアスカート、「サンドラ・ディーに似ているね」という言葉でナンパされるキャンディ・クラークはノースリーブのコットンのワンピースにカーディガンを羽織っていた。 これも60年代風である。夕暮れ時から始まった高校での卒業ダンス・パーティーも終わると、とうとう最後の夜が明けていく。暗かった空が白みかけていく雰囲気は、これが映画だという感じがして悪くない。 最後の曲はビーチボーイズの ALL SUMMER LONG だった。


アメリカン・グラフィティ American Graffiti

監督・脚本:ジョージ・ルーカス 製作:フランシス・フォード・コッポラ、ゲイリー・カーツ
キャスト:リチャード・ドレイファス、ロン・ハワード
1973年/アメリカ/110分

1960年代のサンフランシスコ郊外の町が舞台。アメリカ人の誰もが持つ高校生時代の体験を映像化、旅立ちを翌日に控えた少年少女たちの夕刻から翌朝までの出来事を追う「ワンナイトもの」である。 青春時代の甘味なエピソードが、タイトル通り落書き(グラフィティ)のように綴られる。 初公開時のアメリカでのキャッチフレーズは「1962年の夏、あなたはどこにいましたか(Where were you in '62?)」。


第九十六話 真夏のアル・パチーノ

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 強盗を企てるならば金のある場所を狙わねばならない。当たり前のことのようだが、強盗はしばしば金があるかどうか分からない場所を選んで行なわれる。 マンションや戸建ての住宅である。まったく理解不可能な犯行である。その点、銀行強盗というのは理にかなっている。銀行には金があるに決まっているからである。 それに、銀行員にとってはみんな他人の金だから、過剰な抵抗も予想しなくて済むし、人殺しの危険も低い。強いていえば、警報装置と防犯ビデオがあるくらいである。 だから上手くやれば銀行強盗ほど効率のよい強盗はない。事実、『HANABI』(1997)の北野武は、警官の制服とパトカーに改造した中古車を使ってまんまと現金を手に入れた。 これに対し、銀行強盗の失敗例というのが立てこもりである。金をとってさっさと逃げるはずが、もたもたしているうちに通行人に気づかれ、まだ何もしていないのにうろたえて銀行に立てこもってしまうと、警察に包囲されてもう逃げられない。 銀行員を人質にとったところで、警察というプロとの交渉は絶対的に不利である。つまり、銀行強盗は立てこもった時点ですでに失敗である。 世の中には、手際が悪いというか何というか、何をやってもうまくいかないような冴えない男たちが存在している。そんな冴えない男が銀行強盗などを企てるとどうなるかは、やる前から分かっている。 分からないのは本人だけである。そういうだめな男を演じた『狼たちの午後』(シドニー・ルメット 1975)のアル・パチーノはじつに見事だった。 相棒のジョン・カザールと銀行強盗に入ったはいいが、預金はすべて輸送車が運び出した後で、銀行には一円もない。それが分かったときにはもう立てこもるしかなくなっている。 この映画はじつはここからが面白い。見るからにだらしない男のアル・パチーノが、きっちりした社会人である銀行員たちに助言されたりしながら、なんとか警察との交渉で優位に立とうとして、立てこもりを続けることがドラマを構成していく。 途中、エアコンが故障して室内が暑くなり、女性の従業員が倒れたりする。もちろん外は真夏で、交渉する警察官も暑さに苦しむ。だから原題もDOGDAY AFTERNOON (真夏の午後)である。 暑さによるイライラと無気力が、逆にドラマに緊張感をもたらすように演出がなされている。そういえば、この監督の『十二人の怒れる男』(1957)も、暑さが演出の中心に取り入れられていた。 得意の題材というところか。


狼たちの午後 Dog Day Afternoon

監督:シドニー・ルメット
キャスト:アル・パチーノ、ジョン・カザール、チャールズ・ダーニング
1975年/アメリカ/125分

1972年8月22日にニューヨークで発生した銀行強盗事件が題材。 物語の設定は真夏だが、実際の撮影は秋頃で、役者たちは息が白くならないように、口中に氷を含んで演技をした。 主演のアル・パチーノの迫真の演技は広く賞賛され、全米で約5000万ドルの興行収入を挙げた。 モデルとなった犯人の動機はゲイの恋人の手術費用の為で、彼らは映画の収益の一部をプレゼントされ、無事手術を受けられたという。


第九十五話 映画の敵

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 映画の敵。じつにいいタイトルである。米国では1950年代、日本では少し遅れて、1960年代、テレビの普及とともに映画産業は斜陽時代に入る。テレビは間違いなく映画の敵だった。 しかし、時代とともにテレビを映画の敵とみなす状況ではなくなってきた。いまやテレビ局が資金を出さなければ映画が作れないというのは世界的な状況である。 にもかかわらず、映画館の観客動員数は減少し続けている。テレビのような明確な敵はもう存在しない。むしろ、映画の敵は至る所に存在する、というのが今の感覚である。 ちょっと脱線すると、学生時代は私もよく読んだ蓮實重彦が、何かというとゴルフを槍玉にあげていたのが可笑しかった。この先生には、サラリーマンがゴルフをする時の派手なシャツまでが気に入らないのであった。 そんなものが本当に映画の敵かどうかはよくわからない。たぶんそうではないのであろう。しかし、映画の敵は至る所に存在するという気分があったために、蓮實先生のゴルフ嫌いの文章は何となく楽しかった。 そんなことをやる暇があったら映画でも見ればいいのに、というわけである。よけいなお世話だが、どんな娯楽も映画の観客を減らす要因に思えてくる映画ファンの心理を巧みに突いた文章であった。 さて、ジョン・フォードの『男の敵』(1935)という映画がある。原題は THE INFORMER つまり『密告者』である。ヴィクター・マグラグレンがその「密告者」、ジーポ・ノーランを演じてアカデミー賞をとった。 アイルランド独立運動の地下組織に属する男が仲間を売る話である。 同じくアイルランドの地下組織を扱った『邪魔者は殺せ』(キャロル・リード 1947)のジェイムズ・メイソンも素晴らしかったが、この映画のヴィクター・マグラグレンも素晴らしいに違いない。「違いない」と書くのは、私がこの映画をまだ見ていないからである。 ヴィクター・マグラグレンといえば、『黄色いリボン』(1949)の騎兵隊の役が面白かった。隊長のジョン・ウェインに隠れては「薬だ」といって酒を飲んでいる、気さくな兵隊である。 この役者が「密告者」をどう演じたのか、おのずと興味がわくのが人情というものであろう。脚本は『駅馬車』(1939)でもジョン・フォードと組んだダドリー・ニコルズである。 こういう映画を見ることができないでいると、本当に映画の敵が存在するような気がしてくる。それが何であるかはじつはよく分からないのだが。


男の敵 The Informer

監督・製作:ジョン・フォード
キャスト:ヴィクター・マクラグレン、ヘザー・エンジェル、プレストン・フォスター
1935年/アメリカ/91分

ジーポは、アイルランド独立を目指す組織の裁定に従わずに組織からあぶりだされ、金に困っていた。 そんな折、旧知の仲で指名手配中のフランキーと会い、懸賞金20ポンドを目当てに、警察に彼の居場所を売ってしまう。 結果、フランキーは逃亡を図り警察に射殺されるのだった…。 フォード初のアカデミー監督賞受賞で、それまでアクション専門と見なされていた彼が、遂に芸術的評価を得ることになった記念碑的作品。


第九十四話 失われたヴィスコンティ

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 ルキノ・ヴィスコンティはプルーストの『失われた時を求めて』を映画にする構想を持っていた。この構想は実現されないまま、1976年にヴィスコンティは亡くなった。 私が『ルードウィッヒ』(1972)を見たのはヴィスコンティの死後のことである。確か1980年ごろで、その時が日本初公開であった。朝、家を出ようとしたら雪が降っていた。 前売り券を持ち、コートを着込んで自転車に乗る。雪で真っ白になって映画館に到着すると、すでに列が出来ている。上映開始までまだ30分はある時刻だったのだが・・・。 これには私も驚嘆したが、ヴィスコンティの映画で朝から行列のできる時代だったわけである。当時、ヴィスコンティの映画には日本で未公開のものがいくつもあり、処女作の『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1942)が遺作の『イノセント』(1975)と同時に公開されたもの『ルードウィッヒ』公開の直前だった。『イノセント』の方はその後なぜか名画座で何度も上映されていたので、私はその度に見に行っていた。 ラウラ・アントネッリがジャンカルロ・ジャンニーニの正妻、ジェニファー・オニールが愛人の役である。 ジャンカルロ・ジャンニーニがこの二人の女の間を行き来する物語で、そこに正妻の愛人の小説家が絡んでくる。小説家は病死するが、ラウラ・アントネッリは妊娠し、子供を出産する。 無論、ジャンカルロ・ジャンニーニの子ではない。それを知っているジャンカルロ・ジャンニーニは、子供を故意に冬の冷気にさらして死に至らしめる。 最後に、生の意味に懐疑的となったジャンカルロ・ジャンニーニは愛人のジェニファー・オニールの前でピストル自殺し、映画は終わる。 明け方、ジャンカルロ・ジャンニーニの死体を置き去りにして屋敷を出てくるジェニファー・オニールを正面からとらえたカットが素晴らしかった。 それにしても、ヴィスコンティが演出するとなぜこれほど女優が上品になるのであろうか。 ポルノ女優のラウラ・アントネッリが上流階級の正妻を演じられるのは、ヴィスコンティの力としか思えないではないか。『おもいでの夏』(ロバート・マリガン 1970)ではジーパンの似合ったジェニファー・オニールが、シルクの手袋をして社交会を渡り歩く女を演じられるのは、やはりヴィスコンティの力としか思えないではないか。 そう思うとつい、『失われた時を求めて』のオデットやアルベルチーヌを彼女たちが演じるのを想像してしまうのである。


イノセント L'innocente

監督・脚本:ルキノ・ヴィスコンティ
キャスト:ジャンカルロ・ジャンニーニ、ラウラ・アントネッリ、ジェニファー・オニール
1976年/イタリア・フランス/129分(完全版)

ガブリエーレ・ダヌンツィオの長編小説『L'innocente 罪なき者』が原作。「罪なき者」はつまり、主人公に殺される幼子を指している。 『ルートヴィヒ』撮影中に心臓発作で倒れたヴィスコンティが、車椅子に乗りながら演出を手掛け、ダビングの完成を待たずに逝去したため、遺作となった。 近年、同作のオリジナルネガは保存状態が悪く経年劣化が見られたが、『山猫』同様ジュゼッペ・ロトゥンノの監修により復元が行われ、2002年に作業が完了、『イノセント【完全復元&無修正版】』として公開された。


第九十三話 不実な女

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 カール・テホ・ドライエル監督の遺作『ゲアトルーズ』(1964)は、まさしく傑作という以外にない作品である。 市議会への立候補を控えた夫の意に反して、作曲家の若い男と逢い引きを重ねた挙げ句、簡単に夫を捨てるゲアトルーズという女が物語の中心である。じつに不実な女である。 しかし、観客が見るのはゲアトルーズという女の心理ではない。むしろ、その不実な行為だけがキャメラによって的確にとらえられている。 夫の怒りも、心理的なものとしてではなく、身体の表現としてとらえられていて、キャメラが見たことだけによって物語が構成されていく。 そのような構成によって、この女の不実さは、内面的な心理の次元においてではなく、存在そのものの次元で見出される。 60年代のゴダールがアンナ・カリーナでやろうとしたことが、このデンマークの巨匠によって完璧に達成されているのである。観客は、不実な女にではなく、いわば不実さの存在に打たれる。 驚くべき映画である。これにくらべれば、自分に恋心を抱いた少年を利用して好意を受けながら、別の男のところに平気で戻っていく『鞄を持った女』(ヴァレリオ・ズルリーニ 1961)のクラウディア・カルディナーレの不実さは、心理的に理解することのできるものである。 別にこの映画が嫌いなわけではない。こういう心理的に癖のある女を演じると、カルディナーレは最高に魅力的に見えるから、まあどちらかといえば好きなのである。 同じ路線では、やはり自分に入れあげた男をいいようにあしらって別の男と会い続ける『ローマの恋』(ディノ・リージ 1960)のミレーヌ・ドモンジョが魅力的であった。 カルディナーレもドモンジョも、不実であるがゆえに魅力的なのである。『ローマの恋』では、性懲りのないドモンジョに愛想を尽かした男はついにこの女を捨てる。 そのシーンを構図/逆構図で構成したラストシーンが私は好きだった。別れ話の途中で、ドモンジョが男に背中を向けるカットがまずくる。男の気を引くための見ぶりである。 男の顔のカットになる。それが、頃合いを見てドモンジョが振り返るカットに繋がる。ドモンジョの表情が変わる。逆構図に切り返すと、男はすでにいない。 建物から外に出て通りを見回すが、もう見つけられない。このようなカットの積み重ねによって、自分の不実さゆえに愛を失った女の愚かさが眼に見えてくる。素晴らしいシーンである。 不実な女がその報いを受けるという物語が、私は大好きなのであった。


ゲアトルーズ Gertrud

監督・脚本:カール・テホ・ドライエル
キャスト:ニーナ・ペンス・ローゼ ベンツ・ローテ
1964年/デンマーク/117分

ゲアトルーズは、次期大臣になることが内定している夫・グスタフとの愛のない結婚を終わらせることにした。 現在の恋人との関係を深めたいと思っていた彼女だが、やがて彼のほうにその気がないことを知る…。 古典劇のような様式美をたたえ、ドライエル映画の純化された到達点を示した遺作。 弁護士の妻ゲアトルーズの発散する静かな情熱が、限られた空間の中で巧みに視覚化されている。


第九十二話 永遠の現在

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 フェリーニの作品を見るときの楽しみのひとつは、ニーノ・ロータの音楽を聴くことにあるといってもよい。『道』(1954)も『カビリアの夜』(1957)も『甘い生活』(1959)も、ニーノ・ロータの音楽とともにある。 弦楽器よりも吹奏楽器を中心にした構成が、フェリーニの映画にはよく合っている。1979年に亡くなるまで、ニーノ・ロータはフェリーニの映画に音楽を書き続けた。『オーケストラ・リハーサル』(1978)が最後の作品である。 この作品が日本で公開されたとき私も見に行ったが、その時点ですでにニーノ・ロータは亡くなっていた。フェリーニ自身は、その後も映画を撮り続けることになる。最後の作品はロベルト・ベニーニの出た『ボイス・オブ・ムーン』(1990)である。 すると、この10年ほどのフェリーニの映画には、誰か別の作曲家が音楽を提供しなければならなかったわけである。フェリーニといえばニーノ・ロータだから、別の作曲家では違和を感じると思っていたが、案外そんなこともなかった、というのが当時の私の感想である。 というより、ニーノ・ロータが現代的に刷新された感じだった。『女の都』(1980)のルイス・バカロフの音楽の軽快さは、『甘い生活』を現代的にした感じである。 また、私の大好きな『インテルビスタ』(1987)のニコラ・ピオヴァーニも素晴らしい。独裁者ムッソリーニが建築したローマの巨大撮影所「チネチッタ」が舞台で、トリュフォーの『アメリカの夜』(1973)と同じように、映画製作の映画である。 しかし、『アメリカの夜』には物語があったが、『インテルビスタ』にはそれがない。撮影所の様々な仕事がエピソードとして次々に出てきて、それをテレビ局かどこかの若い記者が経験するという構成になっている。 指圧で三船敏郎のタバコをやめさせたという日本人のあやしい記者がマストロヤンニを取材する場面もある。ドキュメンタリーではなく、それも作品の一部である。 物語がないので、観客は前後に関心を払う必要がない。出てくるエピソードをその都度あの若い記者といっしょに経験するしかない。この映画の観客にとっては、眼の前で起こっていることがすべてで、過去や未来は意識から消えていく。 いつまでも終わらない永遠の現在だ。ニコラ・ピオヴァーニの音楽は、そのような時間を観客に経験させることに成功している。 とりわけ、ニーノ・ロータがあまり使わなかった鍵盤楽器が使用されるリトルネッロの部分が素晴らしい。


インテルビスタ Federico Fellini's Intervista

監督・脚本・出演:フェデリコ・フェリーニ
キャスト:アニタ・エクバーグ、マルチェロ・マストロヤンニ、セルジオ・ルビーニ
1987年/イタリア/106分

50周年を迎えるイタリアの撮影所チネチッタを記念して、そこで新作映画を撮ろうとするフェリーニと、彼にインタビューする日本のテレビ局の取材班や、撮影所で働く俳優やスタッフの様子を描く。 取材を受けながら、若き日の自分を描いた自伝的作品と、カフカの“アメリカ”を題材にした新作の製作に励む映画屋、というスタイルを基調とし、虚構と現実、芝居と本音が交錯した構成を自在に操る演出が素晴らしい。


第九十一話 左翼の刑事たち

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 映画のジャンルのひとつに刑事物というのがある。刑事の仕事といえば犯人を逮捕することである。犯人が政治家や実業家のような有力者であるという設定が、映画ではよくある。 つまり、社会的な強者の犯罪である。そういう犯人たちが登場する物語であれば、刑事の性格づけもおのずと決まってくるであろう。 社会的な強者を執拗に追いつめることは、そういう強者がのさばる社会の批判という側面をもたざるをえないからである。 アメリカ映画においては、そういう物語の背景になる社会は高度な資本主義のもとに成り立っているから、その社会で成功した人物を追う刑事は、左翼的な性格を持つことになる。 この点は『刑事コロンボ』のピーター・フォークにおいて明瞭である。ピーター・フォーク自身が左翼的な経歴の持ち主であることも、おそらくコロンボの性格づけに関係している。 自分の社会的地位をひけらかし捜査への協力を慇懃に申し出る犯人たちに、下手に出ながらもねちねちとつきまとうコロンボには、正面切った体制批判などよりもはるかに強固な意志が感じられる。 コロンボにくらべると、警官の汚職に異をとなえて行動したことで、仲間から嫌われて見殺しにされる『セルピコ』(シドニー・ルメット 1973)のアル・パチーノはいかにも青臭く見える。 あるいは、麻薬の密売で巨額のドルを手にしようとするフランス人の富豪に肉迫する『フレンチ・コネクション』(ウィリアム・フリードキン 1971)のジーン・ハックマンすら、社会的な強者を相手にするときの熟慮された執念に欠けているように見える。 では、変質者など、社会の底辺にいる犯人を追う『ダーティハリー』シリーズのイーストウッドはどうであろうか。 何かというと黒人に銃を向け、女性の社会進出に懐疑的なハリー・キャラハン刑事は、体制の権力を体現する人物に見えるかもしれない。しかし、本当にそうなのであろうか。 既存の社会秩序を受入れるのは、その体制で得をしている人間である。そんな男が警察署長や市長に向かって悪態をつくであろうか。また、既存の社会秩序に批判的であれば、犯人を逃がしてしまってもいいのであろうか。 むしろこう考えなければならない。『ダーティハリー』が支持されるのは、既存の社会秩序から生み出される犯罪を取り締まることで、その社会秩序を維持しようとしているからではない。 犯罪に対する憎悪が、それを生み出す社会に対する憎悪であるがゆえに、その行為が英雄的なものになるのである。


ダーティハリー Dirty Harry

監督・製作:ドン・シーゲル
キャスト:クリント・イーストウッド、ハリー・ガーディノ、アンディ・ロビンソン
1971年/アメリカ/102分

サンフランシスコを舞台に、職務遂行のためには手段も辞さないハリー・キャラハン刑事が、偏執狂的連続殺人犯との攻防を繰り広げるアクション映画。 組織と規律から逸脱していくアウトロー的、かつ直情径行で信念を貫徹する性格の主人公をクリント・イーストウッドが演じ、 70年代のハリウッド・アクション映画を代表する作品の一つ。その後のアクション映画にも影響を及ぼし、いくつもの続編が製作された。