第六十話 映画の少年

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 自分の少年時代をモデルにした映画を撮った監督といえば、どんな監督が思い浮かぶであろうか。小説の分野ならばともかく、映画となるとあからさまに自伝的な作品を撮った監督はそういないはずである。 だから自分の少年時代をモデルにした映画というとフランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』(1959)をあげる人は結構いるはずである。じつは私もそれしか思いつかないのである。 少年の名はアントワーヌ・ドワネル。演じたのはジャン=ピエール・レオーである。トリュフォーはその後、アントワーヌ・ドワネルを主人公にした長編を3本、短編を1本撮ることになる。 それをジャン=ピエール・レオーがずっと演じているわけである。明らかに自伝である。ところが、トリュフォーの内面的な自伝はむしろ『野性の少年』(1969)という作品に受継がれているのではないかという山田宏一さんの指摘がある。 私にはこれが卓越した指摘であるように感じられる。『野性の少年』という作品を見るとまさにそうなのである。 野性の少年を自宅に引取って教育するという、実在したイタール博士の学術的な報告にもとづく物語である。『野性の少年』のキャメラワークでひとつ気づくのは家の内と外をつなぐカットに繊細な工夫が見られるという点である。 たとえばヴィクトール(少年)はどこだ、といって家の中を探すといない。そこで次のカットは博士の家を外から撮る。博士が出てきて、家の中にいるマダム・ゲランを呼ぶ。 すると窓からマダムが顔を出す。家の内と外は別の空間で、家の内側は少年を教育する空間である。トリュフォーにとって家の内側は文化の空間であるといってもよい。 それに対して屋外は野性の空間である。このコントラストを踏まえ『野性の少年』は室内という文化の空間をじつに丁寧に撮る。 ここからふりかえってみると『大人は判ってくれない』は屋外の撮影に重点があることは明らかである。少年の非行という野性が物語を構成しているからである。 最後にアントワーヌ・ドワネルが少年院を脱走して海岸に出たところでこの映画は終わっている。それは自由の空間だが同時に野性の空間である。この少年は文化の空間に連れ戻されなければならない。 それが『野性の少年』の室内撮影につながる。外から内へ、野性から文化へというトリュフォーの内面的自伝がここに認められる。事実的な自伝ではそれは映画との出会いである。 野性の少年だった少年は映画の少年として更生したのである。


大人は判ってくれない LES QUATRE CENTS COUPS

監督・脚本・製作:フランソワ・トリュフォー
キャスト:ジャン=ピエール・レオー【アントワーヌ・ドワネル】
     パトリック・オーフェー【ルネ・ビジェー】  1959年/フランス/99分

12歳のアントワーヌにとって、毎日は苦痛の連続。成績も悪く、先生に叱責され、家では厳しい母親と、うだつの上がらない父親に囲まれた息の詰まる生活で 唯一の楽しみは映画を観ることだけ。ある日、停学になった彼は家を飛び出し…。トリュフォー自身の自伝とも言うべき作品。 これを見たジャン・コクトーは「わがフランソワ君、君の映画は傑作である。奇跡のようなものだ。親愛のキスを送る」という賛辞を送った。


第五十九話 PARIS, TEXAS REVISITED

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 私は第三話でヴェンダースの『パリ、テキサス』(1984)について語ったが、ここであらためてこの作品について語らなければならない。今回はこの作品をロードムービーという視点から見直してみよう。 私の説では、ロードムービーというジャンルに共通する特徴として恋愛を避けるという規則が存在している。恋愛を描くと移動が停止してしまい、ロードムービーが成立しなくなってしまうからである。 それゆえまた、ロードムービーを終わらせるには恋愛を描けばよい。事実、ほとんどのロードムービーは恋愛で終わっている。恋愛で終わること、これがロードムービーの第二の規則である。 さて、『パリ、テキサス』もやはりこれらの規則に従った典型的なロードムービーであるというのが私の主張である。ハリー=ディーン・スタントンがテキサスをさまようカットの積み重ねがオープニングシーンを形成していく。 ライ・クーダーの音楽が響く。薄汚れたスーツを着て赤い野球帽を被ったこの浮浪者のような男がやっと見つけた店で氷を口に入れたとたん卒倒してしまう。 地元の医者から連絡を受けた弟(ディーン・ストックウェル)がロサンジェルスから迎えにくる。モーテルでシャワーを浴びさせて、新しい服、靴を買う。ここまでの30分くらいが素晴らしい。 飛行機をあきらめて車で帰る。ここからロードムービーであるが、兄と弟の道中だから恋愛には無縁である。第一の規則が遵守されている。家に帰ると男の子がいる。じつは兄貴の子供を弟夫婦が育てているのである。 奥さんはオーロール・クレマン。ハリー=ディーン・スタントンはしばらくここで世話になる。ところが行方不明の妻(ナスターシャ・キンスキー)がテキサスにいるらしいことを聞かされたこの男は子供をつれてテキサスへ向かう。 ロードムービーの再開である。今度は父と息子の旅だからやはり恋愛とは無縁である。ちなみに、この映画の構想段階でテキサスを舞台にするよう示唆したのはサム・シェパードであるという。 二人がテキサス州ヒューストンに着くとナスターシャ・キンスキーは意外とあっけなく見つけ出される。ところが三人で再会せずに子供と母親をホテルで再会させる段取りをつけて父親は去り、そこで映画は終わる。 ということは、映画の終わりは恋愛ではないではないか。いや、恋愛なのである。母親が小さな恋人と再会しているのだから。かくして『パリ、テキサス』は完璧なロードムービーとして終了するわけである。


パリ、テキサス PARIS,TEXAS

監督:ヴィム・ヴェンダース
キャスト:ハリー・ディーン・スタントン【トラヴィス・ヘンダースン】
     ハンター・カーソン【ハンター・ヘンダースン】
1984年/西独・仏/147分

1984年製作、ヴィム・ヴェンダース監督の西ドイツ・フランス合作映画。ヴェンダースの代表作のひとつであり、 テキサスを一人放浪していた男の妻子との再会と別れを描いたロードムービーの金字塔である。 第37回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した。原作は脚本のサム・シェパードによるエッセイ『モーテル・クロニクルズ』。


第五十八話 記憶のリアリティー

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 映画には回想シーンというのがじつによく出てくる。ところが、作品それ自体の構想に回想が深く関与している場合がある。 すなわち監督が自分の過去を題材にして作品を構想する場合には、作品それ自体が記憶によって生み出されているわけである。例えば、ホウ・シャオシェンのような監督の作品にはそういう痕跡が顕著に見られるであろう。 私の説によれば、記憶による作品の構想という手法は、映画というものの性質を考えるとたいへん理にかなっているものである。また少し理屈をいうが、映画の特性はそれがキャメラで撮影されたものであるという点から理解されなければならない。 重要な点はキャメラが人間の眼のように時間の中でものを見ないという点である。人間の眼はどのような対象をも時間のつながりの中で意味づけた上で見ている。 それに対してキャメラの眼はそこにあるものをただ見るだけである。キャメラの眼にとって様々なイメージは相互に関連のない断片にすぎない。しかし、だからキャメラの見たものはリアルなのである。 諸事物は本当はそんなふうに断片的に存在しているのだから。人間の眼もそれを見ているはずなのに日常の時間の中でそのような断片的な現実を忘れてしまうのである。 したがってわれわれは映画によってリアルな存在をあたかもはじめて見るかのようにして見ることになる。ところで問題は記憶である。いや、記憶による作品の構想である。 それはどうして映画と相性がいいのであろうか。考えてみると、自分の少年時代を回想して意識に浮かぶイメージはすべて断片的である。 どうしてそうであるかは私などには不明だが、記憶というものがすべて断片的なものとしてしか意識によみがえってこないという点は事実であろう。 また、それらの断片が驚くべきリアリティーを感じさせるものであるという点も事実である。ということは、どういうことになるであろうか。 記憶というものがキャメラと同じように存在を断片として再現しており、そこにはリアルなものが明瞭に感じられる。それゆえ記憶を手がかりに映画を構想することはやはり極めて理にかなっているのである。 アンゲロプロスの『永遠と一日』(1998)では、現代ギリシアの初老の詩人(ブルーノ・ガンツ)が現在の自分のままで過去に姿を現すという形で記憶イメージと映画イメージが重ね合わせられる。 記憶によって構想されたというよりも、記憶がそのまま映画であるようにして作られた極めて大胆な作品である。


永遠と一日 Mia aioniotita kai mia mera

監督・脚本・制作・製作総指揮:テオ・アンゲロプロス   
キャスト:ブルーノ・ガンツ【アレクサンドロス】、イザベル・ルノー【妻アンナ】
     アキレアス・スケヴィス【少年】 1999年/ギリシャ・仏・伊/132分

「霧の中の風景」「ユリシーズの瞳」のテオ・アンゲロプロス監督が、死を強く意識した老作家と難民の子供との1日間の交流を詩情豊かに描いた人間ドラマ。 不治の病を自覚している老作家アレクサンドロスは、親友たちと海辺の家から島まで泳いでいった少年時代の夢から覚める。彼は今日、すべてのものに別れを告げ、明日病院へ行こうと決意していた。 そして娘の家へ向かう途中で難民の少年と出会う…。カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞。


第五十七話 RAIN AND TEARS

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 オムニバス映画といえば、今日ではすでにその形式自体が珍しいものであろう。『世にも怪奇な物語』(1967)のような傑作が生み出されていたのは一時代前のことである。 最近では『10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス』(2002)や『それぞれのシネマ』(2007)のように、商業的な作品というよりもむしろ監督たちのコラボレーションによる記念作品という意味合いが強くなっているような気がする。 そんな中で『百年恋歌』(ホウ・シャオシェン2005)は久しぶりの本格的なオムニバス作品であった。この監督が日本で『珈琲時光』(2003)を撮った後の作品で、台湾の三つの時代を同じ役者が演じている。 年代順に並べると、辛亥革命前夜の1911年、1966年、作品と同時代の2005年であるが、映画の中ではこの順には並んでいない。1966年、1911年、2005年の順である。 1966年が最初に来るという構成の意味を、ホウ・シャオシェンの作品を知っている観客はすぐに了解するであろう。 1960年代は、1947年生まれのこの監督が好んで映画の舞台にしてきた彼自身の青春時代なのである。『恋恋風塵』(1987)や『冬冬の夏休み』(1984)他、ホウ・シャオシェンのフィルモグラフィーにはこの時代がくり返し登場する。『百年恋歌』では、ビリヤード場の客である青年(チャン・チェン)がそこで働く女の子(スー・チー)と知り合うが、次に来たときには彼女はもう店を辞めていて会うことができない。 そこで人づてに所在をたどり、長距離バスを乗り継いでとうとう何件目かのビリヤード場で再会する。何のためにここまでやってきたかは彼女にはすでに伝わっている。 ところが兵役中の休暇ということで、青年は明日までにはまた長距離を引き返さなければならない。したがって、再会してから数時間後の別れまでがこのエピソードのクライマックスになる。 二人で飯を食べているうちにバスは出てしまう。雨が降っている。次のバスを待つために青年がロータリーに立つと、ごく自然に彼女が傘をさしてその傍らに立つ。 二人がはじめて手をつなぐカットがくることは観客にも分かっている。だからそういう繊細なカットを正面から撮るような馬鹿はいない。この監督もちゃんと背後から手と手をアップで撮っている。 だがさらにキャメラを正面に切り返して二人の姿をロングで撮った。これが素晴らしい。そこにRAIN AND TEARS の曲が流れる。1966年が当時よりもリアルに存在する瞬間である。


百年恋歌(ひゃくねんこいうた) 最好的時光 

監督:ホウ・シャオシェン   
キャスト:スー・チー【シュウビー(第1部)/芸妓(第2部)/ジン(第3部)】、
     チャン・チェン【青年(第1部)/チャン(第2部)/チェン(第3部)】
2006年/台湾/131分

第1部「恋愛の夢」1966年、兵役を控えた青年が、ビリヤード場で働くシュウビーという少女に出会い、恋に落ちる…。 第2部「自由の夢」1911年、革命運動家のチャンと馴染みの芸妓は深い仲になっていたが、チャンは彼女を妾とすることを拒む…。 第3部「青春の夢」2005年、歌手のジンとカメラマンのチェンは出会った瞬間惹かれあうが、2人にはそれぞれ恋人がいた…。


第五十六話 台北のカプチーノ

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 姉がオープンさせたカフェに妹は物々交換のスペースを設けてしまう。そのおかげで客足のぱっとしなかったカフェに客が入り始める 。姉は不本意だが背に腹は代えられない。物々交換を目当てにやってきた客にコーヒーや自家製スイーツを売ってしぶしぶ稼いでいる。『台北カフェ・ストーリー』(シァオ・ヤーチュアン 2010)の物語はこうして姉(グイ・ルンメイ)と妹(リン・チェンシー)との関係を軸にして展開していくことになるだろう。 カフェであるからにはコーヒーと軽食で勝負すべきだと主張する姉と客さえ入れば方法は何でもよいという妹の価値観の齟齬が物語を作り上げていく。 キャメラはこの二人の日常をさりげなく撮っている。カットの切り返しは少ない。彼女達のカットも窓際からの構図やカウンター越しの構図などが多用されている。 人物だけをねらったカットは意図的に避けられているようである。さらに、背景に焦点を合わせないソフト・フォーカスが随所に用いられていることで全体として何かふんわりとしたイメージが流れていく。 音楽もまるでBGMのようにフレンチ・ポップ風の曲が聞こえてくる。何か気づかないであろうか?そう、まるでテレビドラマみたいなのである。 しかし、ホウ・シャオシェン制作のこの映画がたんなるテレビドラマの複製であるはずがない。 そう考えると、カフェのあり方をめぐる姉と妹の価値観の齟齬が、映画のあり方をめぐる価値観の齟齬のメタファーであるように私には見えてきた。こういうことである。 映画館では映画という作品を提供しなければならないという考えに固執すべきか、それともテレビドラマのイメージに親しんだ観客が映画にもそういったイメージを求めているのであればそれを提供すればよいというのか。 ポップな装いの『台北カフェ・ストーリー』からはこのような真剣な問いかけが聞こえてくる。重要な点はこの映画が「交換」をめぐる物語であるという点である。 もっとも、物と物が交換されるのは見かけだけで、実際にはそれは欲望と欲望の交換である。コーヒーを売ることが姉の欲望であり、それが何か目新しい物を見にくる客の欲望と交換されているのだ。 実際、このカフェでは文字通りの物々交換はあまりなされていない。それなら、映画館もまたそのような交換の場所となりうるというのであろうか。 この映画の監督も制作者もこれにイエスと答えるであろう。もしそうでなければこのような作品を作っていないはずなのである。


台北カフェ・ストーリー 第36個故事 

監督・脚本:シャオ・ヤーチュアン   製作総指揮:ホウ・シャオシェン
キャスト:グイ・ルンメイ【ドゥアル】、リン・チェンシー【チャンアル】、
     中孝介【特別出演】   2010年/台湾/81分

ドゥアルとチャンアルの美人姉妹が開いた台北のカフェでは、客がさまざまな物を持ち込み、次の持ち主のもとへと引き継がれる物々交換が話題に。 そんなある日、世界35都市で集めたという35個の石けんを何か特別なものと交換したいという男が店を訪れ…。 歌手の中孝介が、大ヒット作「海角七号」に続き2度目の台湾映画出演を果たし、歌声も披露している。


第五十五話 海辺のアルメンドロス

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 ネストール・アルメンドロスが『プレイス・イン・ザ・ハート』(ロバート・ベントン 1984)をアメリカで撮る前にフランスで撮ったのがエリック・ロメールの『海辺のポーリーヌ』(1983)である。 海や空をアルメンドロスが撮ると真の意味で素晴らしい。それで『海辺のポーリーヌ』は海だから素晴らしいに決まっているのである。ではその素晴らしさとはいったい何であろうか。 私の説では、この問いかけは映画そのものの特性に深く関係している。この作品で観客はみんなはじめて海を見たような感じがするし、こういう海だったら行きたくなるであろう。 ところが実際にいってみるとそんな海はどこにもない。映画がフィクションだからではない。人間は目の前の海を自分の生活の時間の中で見てしまうからである。 これに対しキャメラには生活というものがないのでただそこにある海を見ることしかしない。それでどっちが現実的な海かというとキャメラが見た海の方が現実的であるという逆説が出てくるのである。 もちろん人間はまったくそういう海を見ていなかったのではなく見ていてもすぐ現実の生活の時間の中にそれを組み込んでしまって忘れてしまうわけである。 だから『海辺のポーリーヌ』を見てはじめて海というものを見た気がしてくる。厳密には、想起しているのだが...。無論アルメンドロスがそう見えるように撮っているのである。 時間の中でものを見ないというキャメラの特性を熟知しているからそういうイメージを撮ることができるといった方が正確であろうか。 こうして『海辺のポーリーヌ』において本当の現実は映画のなかにのみあるという逆説に観客は出会うことになる。現実というのはただ生きていれば経験できるものではなくキャメラによって構成されることではじめて経験されることができるのである。 自分が生きている世界が現実で映画はフィクションであるという通俗的な思い込みのせいでロメールの作品などはしばしば退屈なものと思われているかもしれない。だがそれは誤解というものである。 むしろ映画こそ現実でなければならない。そのように意識すれば、ロメールの作品ほど面白いものはないということになる。 とりわけアルメンドロスがキャメラを担当した作品が素晴らしいわけである。『海辺のポーリーヌ』で観客ははじめて夏を経験するし、はじめて海辺を経験することになるであろう。それが20世紀以後の人間だけに許された経験であることはいうまでもない。

第二十三話「アメリカ映画のアルメンドロス」
第五十話「フランス映画のアルメンドロス」もご参照ください。


海辺のポーリーヌ Pauline à la plage 

監督・脚本:エリック・ロメール   撮影:ネストール・アルメンドロス
キャスト:アマンダ・ラングレ【ポーリーヌ】、アリエル・ドンバール【マリオン】、
     パスカル・グレゴリー【ピエール】   1983年/フランス/95分

避暑地ノルマンディーの別荘に年長の従姉マリオンとバカンスにやってきた15歳のポーリーヌ。 海辺で出会った少年・シルヴァンと淡い恋に落ちるが、マリオンと元恋人・ピエール、民族学者のアンリという大人の恋愛のいざこざに巻き込まれてしまい…。ロメールの「喜劇と格言劇」シリーズ第3作。 引用されている詩は、クレチアン・ド・卜口ワの"Quitrop paro lie,s e mesfait" (言葉多すぎるはおのれを傷つけるものなり)。


第五十四話 アラン・ドロンがいっぱい

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 アラン・ドロンと聞いてどんな映画のタイトルが意識に上ってくるであろうか。誰でも一番始めに出てくるのはおそらく『太陽がいっぱい』(ルネ・クレマン 1960)であろう。 この作品とほぼ同時期に撮影された『若者のすべて』(ルキノ・ヴィスコンティ 1960)や『太陽はひとりぼっち』(ミケランジェロ・アントニオーニ 1962)よりもやはり『太陽がいっぱい』がアラン・ドロンのイメージを決定づけた作品であるといわなければならない。 ところでこの『太陽がいっぱい』という日本語のタイトルは最初聞くと異様なほど新鮮である。こういう日本語の使い方は今でもあまりされていないからである。「いっぱい」というのはたくさんあるという方のいっぱいではなく、むしろ充満しているという意味の「いっぱい」である。 だから太陽がいっぱいということは光があたり一面に充満した幸福の絶頂という意味になる。このタイトルはフランス語のタイトルのほぼ直訳である。フランス語のタイトルは LE PLEIN SOREIL である。ところがこういう表現はもともとフランス語に存在しない。 太陽と対になっているのはフランスでも日本でも月であるが、月に関しては日本語では「満月」という言葉がある。無論フランス語にも満月はある。LA PLEINE LUNE である。ところが太陽に関しては日本語にもフランス語にも「満月」に対応する言葉が存在しない。 なぜであろうか。考えてみれば当然で、月は満ち欠けがあるのに対して太陽の方はいつも同じだから、わざわざ「満ちた」という必要がないわけである。 だから、LE PLEIN SOREILというのはLA PLEINE LUNEをもとにして対句的に作り出された表現で、したがってもし日本語に直訳すれば「」とでもしなければならないであろう。 無論そんなタイトルでは映画のタイトルにならない。だから『太陽がいっぱい』という説明的な訳の方でいいわけである。「ほぼ」直訳というのはそういう意味である。それにしてもうまく訳したな、と感嘆してしまうようなうまい訳である。 ちなみに『太陽はひとりぼっち』は『太陽がいっぱい』がヒットしたので日本でつけたタイトルで(この時代は『太陽は・・・』というのがやたら多い)、もとのタイトルはL'ECLIPSEである。 意味は「蝕」である。「日蝕」と「月蝕」の「蝕」で「食」とも書く。この熟語表現ならフランス語にも両方揃っている。無論日本語のタイトルに「太陽」が含まれているのはたんなる偶然であろう。

第十一話「ニーノ・ロータの思い出」もご参照ください。


太陽はひとりぼっち L'eclipse 

監督・脚本:ミケランジェロ・アントニオーニ   撮影:ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ
キャスト:アラン・ドロン【ピエロ】、モニカ・ヴィッティ【ヴィットリア】、
     フランシスコ・ラバル【リカルド】   1962年/イタリア・フランス/124分

婚約者と別れたばかりのヴィットリアは、以前からたびたび見かけていた仲買所に勤めるピエロと親密になり、新しい愛を始めようとする。 しかし、実は何も変化が起こっていないように、無常に日々は流れていくのだった。アントニオーニの「愛の不毛三部作」のひとつで、 愛に傷ついた者が新たな関係においても愛を恐れることを、抑制した台詞で語ったアントニオーニの演出はやや難解ながら、今なお発見がある。


第五十三話 ジョン・ウェインの栄光

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 ジョン・フォードの作品の中で『捜索者』(1956)ほど異様な雰囲気を持った作品はないであろう。主演のジョン・ウェインもこの作品のなかでは何とも異様というほかない存在である。『勇気ある追跡』(ヘンリー・ハサウェイ 1969)の保安官のように一見人ぎらいのようでじつは人情家というわけでもない。『捜索者』の元南軍兵士はいったいどんな理想を持って生きている男なのか皆目分からないのである。 はっきりしていることは彼がある種の執念を持った男であるという点のみである。兄夫婦の家を焼き払って皆殺しにした上で幼年の少女をさらったインディアンの部族をジョン・ウェインは執拗に追跡する。 この追跡が物語の骨組みである。ところがその追跡の目的は家族の復讐をすることでもなく、さらわれた少女を救出することでもない。さらわれた少女はむしろインディアンに同化したという理由で撃ち殺そうとさえしている。 だからいったい何のための追跡なのかが分からないのである。この作品が異様なのはそれでも作品が成立しているからである。少女救出の物語ならば映画はその筋にそって展開されるであろう。 しかし救出が目的ではないのに何年にも渡ってインディアンを追い続ける男をどうやって語ればいいのであろう。そこではジョン・ウェインの執念だけが際立ってくる。無論映画がつまらないのではない。むしろ最高に面白い。 だからますます異様である。これほど物語が不可解な映画がどうしてこれほど面白いかが観客にも分からないからである。さらに分からないのは、インディアンに同化したから殺すという論理で一度は撃とうとした少女(ナタリー・ウッド)をジョン・ウェインが最後になって抱きかかえて救出することである。 その変心の理由はまったく説明されない。何を考えているのか分からない男が帰ってきて、何年もかかって少女を救出してふたたび出ていくという、往復の移動だけが明瞭な物語である。 人間が空間の中を移動しているということ自体が詩的な感動を生むのであろうか。いや、そうであるに違いないと私は考えている。確かにそう考えると『黄色いリボン』(1949)や『静かなる男』(1952)にも同種の感動がある。 これらに共通するのはおのれの執念によってひたすら場所を移動する男である。その男がつねにジョン・ウェインであったことは考えてみると何か意義深いものがある。 動くだけで観客を感動させるということは真の名優のみが享受できる栄光だからである。


捜索者 The Searchers 

監督:ジョン・フォード   撮影: ウィントン・C・ホック
キャスト:ジョン・ウェイン【イーサン・エドワーズ】、
     マーティン・ポーリー【ジェフリー・ハンター】、
     デビー・エドワーズ【ナタリー・ウッド】   1956年/アメリカ/113分

監督であるジョン・フォードは、本作について「家族の一員になることの出来なかった一匹狼の悲劇」と評している。 公開当時は商業的にも批評的にも成功したとは言えず、同年のアカデミー賞の候補にも選出されなかった。 しかしその後再評価の機運が高まり、現在ではジョン・フォードの代表作であるのみならず、西部劇というジャンルを代表する傑作として高く評価されている。


第五十二話 映画は役者で見る

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 一時期もてはやされたのに近年言及されることがめっきり少なくなった監督というと、私の意識にはごく自然とウィリアム・フリードキンのような名前が出てくる。 べつに忘れ去られたというわけではあるまい。作品そのものは今でも見られているはずだからである。『フレンチ・コネクション』(1971)のジーン・ハックマンや『エクソシスト』(1973)のエレン・バースティンなら私もまた見てみたい。 どうでもいいことだが、70年代のアメリカ映画はエレン・バースティンの時代だと私は勝手に思っているのである。 ところで、ピーター・ボグダノビッチもまた映画に関する言説に登場する機会がめっきり減ってしまった監督のひとりであろう。『ラスト・ショー』(1971)にはエレン・バースティンが出ていたから、私はこれならもう一度見てみたい。 しかし多くの映画ファンの記憶に残っているのはやはり『ペーパームーン』(1973)であろうか。この作品は父親のライアン・オニールと共演したテータム・オニールが史上最年少でアカデミー賞を獲ったことで話題をさらった作品である。 私ならばマデリン・カーン見たさにもう一度見てしまいそうな作品である。ただ、私は作品そのものをあまり気に入っているわけではない。禁酒法時代の米国が舞台の懐古趣味の作品だというので作品そのものも当時の作りにしてある。 つまりサイレントのように撮っている。もちろん映画はサイレントではなくちゃんとサウンドトラックが入っていて台詞も聴こえる。私がどうも気に入らないのはこういう中途半端なところである。 具体的にいうと、台詞を省いた固定キャメラのカットがたいへん多く使用されていかにもサイレント・ムービーという雰囲気を出そうとしていながらカットのつなぎそのものはまったくサイレントではないのである。 理屈をいえば、サイレントとトーキーはカットのつなぎという点でまったく種類の異なる技法に依存しているのだが、この映画ときたらつなぎはトーキーのつなぎで作っておいて、ひとつひとつのカットは適度に台詞を抜いて固定キャメラで撮っているだけなのである。 それで懐古趣味という以外にあまり映画的なコンセプトの感じられない作品になってしまっている。役者に魅力があるだけにもったいないことである。 子供のくせにベッドの上でやけにうまそうにタバコを吸うテータム・オニールのカットなどは何度見てもこれぞ映画という感じがするのだから。


ペーパー・ムーン Paper Moon 

監督・製作:ピーター・ボグダノヴィッチ   撮影:ラズロ・コヴァックス
キャスト:ライアン・オニール【モーゼ・プレイ】、テータム・オニール【アディ・ロギンス】
     マデリン・カーン【トリクシー・デライト】 1973年/アメリカ/103分

大恐慌期のアメリカ中西部。聖書を売り付ける詐欺師のモーゼは、亡くなった恋人の娘アディと出会う。嫌々ながら旅に同伴するが、アディは大人顔負けに頭の回転が速く、詐欺の相棒としても超優秀で…。 詐欺師の男と9歳の少女との、互いの絆を深めていく物語を描いたロード・ムービー。年間トップの興行収入で、1973年のアカデミー賞では、テータム・オニールが10歳という史上最年少で助演女優賞を受賞した。この最年少記録は、未だにやぶられてはいない。


第五十一話 テレビスター

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

 かつて映画で活躍した役者がもう映画に出なくなったとしてもべつに役者を廃業したわけではない。たいていの場合、映画からテレビに活躍の場を移しているわけである。 イーストウッドのようにテレビの人気番組(『ローハイド』)から映画へと進むケースよりも、映画からテレビへというコースの方が数としてはよほど多いであろう。 ピーター・フォークも『刑事コロンボ』以前はいわゆる映画俳優として活躍していた。無論『刑事コロンボ』の仕事と平行して映画にも出演し続けていたのだが。 こういうケースとは違って、映画からテレビに入り、その後はテレビ専門で仕事をしている役者も調べてみると大勢いるようである。 私の大好きなサリー・フィールドなどは『プレイス・イン・ザ・ハート』(ロバート・ベントン 1984)で二度目のアカデミー賞を獲ってからも『ミセス・ダウト』(クリス・コロンバス1993)のロビン・ウィリアムズの奥さん役や『フォレスト・ガンプ』(ロバート・ゼメキス 1994)のトム・ハンクスの母親役などやっていたが、いつからかすっかりテレビ女優である。 私は見たことがないが『ブラザーズ&シスターズ』という5、6年続いたテレビシリーズに最近まで出ていたらしい。しかしサリー・フィールドといえば映画でまた見てみたいものである。 私はべつに映画をテレビの上位に置いてこういうことを言っているわけではない。優劣ではなく種類が違うのである。 私の勝手な理屈をいえば、テレビはビデオ映像の再現性に依存するフィクションだが、映画はフィルムで撮影されるがゆえに現実と区別されない。そこで面白いことが起こる。 ピーター・フォークはヴェンダースの『ベルリン、天使の詩』(1987)に「コロンボ」として出演するという快挙をやってのけた。「コロンボ」は虚構の人物だが『ベルリン、天使の詩』で元天使を演じるピーター・フォークはキャメラの前に実在している。 撮影のために現地へやってきたピーター・フォークの姿を認めたドイツの若者達が「コロンボがいるぜ」と歓喜の声を上げるカットがこの作品のなかにあるがこのカットは現実である。 このカットの面白さは『刑事コロンボ』で同じことができるかどうかを考えてみると分かる。無論できないのである。 テレビにおいてはイメージそのものが虚構性を持っていて、そこに現実性を持ち込むことができないからである。ヴェンダースはその点を完璧に理解してこのカットを撮ったはずである。


ベルリン・天使の詩 Der Himmel über Berlin 

監督・脚本:ヴィム・ヴェンダース   撮影:アンリ・アルカン
キャスト:ブルーノ・ガンツ【天使ダミエル】、ソルヴェーグ・ドマルタン【マリオン】
     オットー・サンダー【天使カシエル】、ピーター・フォーク【本人役】
     1987年/フランス・西ドイツ/127分

守護天使ダミエルは、長い歴史を天使として見届け、人間のあらゆるドラマを寄り添うように見守った。だが、サーカスの舞姫マリオンに想いを寄せ始めたダミエルは、親友カシエルに永遠の生命を放棄し、人間になりたい、と打ち明ける。 全編を覆う詩のような語り、台詞。重厚な音楽、耽美な映像、前衛的なカメラワーク全てが美しい。