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第九十九話 相米慎二の庭

文:しばたけんじ
(鹿児島大学教員/哲学)

三國連太郎がなくなった。私のような若輩者には、三國連太郎といえば、小学生のときに見た、山口百恵主演のテレビドラマ『赤い運命』である。三國連太郎は山口百恵の実父の役である。 しかし、大映テレビ制作の<赤い>シリーズが、たんなるホームドラマであるはずがない。三國連太郎と山口百恵は伊勢湾台風で生き別れになり、山口百恵は血のつながりのない宇津井健に育てられる。 宇津井健は検事である。これに対し、三國連太郎は殺人犯である。ようするに、実の父である殺人犯の三國連太郎の罪を、育ての父である検事の宇津井健が追求するわけである。すごいドラマである。 私はその後、レトロスペクティヴの上映などで、三國連太郎のずっと以前の作品を見た。たとえば、成瀬巳喜男監督の『夫婦』(1953)などはそのひとつである。 上原謙と杉葉子の夫婦が東京に転勤になるが、なかなか家が見つからないので、上原謙の友人である三國連太郎の家に間借りすることになる。設定は明らかにスクリューボールをねらっている。 だから、こういう設定を面白くするには役者の力が欠かせない。三國連太郎のどこかオカマっぽい台詞まわしのせいで、杉葉子と三國連太郎の仲を怪しむ上原謙の態度が観客の笑いを誘うのである。 最近のものでは、私は相米慎二監督の『夏の庭 The Friends 』(1994)が好きだった。 湯本香樹美の原作で、この小説は新潮文庫で読めます。『夏の庭』は、小学生の男子3人が、庭のあるけっこう大きな木造の家にひとりで暮らす老人(三國連太郎)を、夏休みに「観察」することからはじまる。 老人は自分が小学生に観察されていることに気づく。ところが自分たちの行動が気づかれていることを、小学生の方は気づかない。 何日も雨戸が閉まっているので、不信に思った小学生はとうとう庭に侵入する。「死んだかもしれない」などと想像しているのだ。3人で勇気を奮って家屋のところまでやってくると、「わあっ」という大声と同時にいきなり雨戸が開く。 小学生はひっくりかえるが、それを見て老人は大笑いする。これがすばらしい。自分に興味を持った小学生を驚かせてやろうと、待ち構えていたわけである。 その心理的な過程をいっさいカットに撮らず、いきなりこの出会いの場面を演出した相米慎二を、心から尊敬しなければならない。 この出会いによって、老人と小学生は親友となるが、もし老人の心理的な過程が演出されていたら、彼らの友情がまるで栄光のように映ることはなかったであろう。

夏の庭 The Friends

夏の庭 The Friends

監督 相米慎二
キャスト 三国連太郎、坂田直樹、戸田菜穂、根本りつ子、淡島千景、柄本明
作品情報 1994年/日本/113分

人の死に興味を抱いた3人組の少年たち。近所の変わり者の老人に目をつけ、彼がどんな死に方をするかを覗こうと家の見張りを始めるが、ふとしたことから交流が始まり、やがて少年たちは老人の人生と対面することになる…。 名優三國連太郎の貫録ある自然体の演技と子役たちの伸び伸びとした表情が印象的な、少年たちのひと夏の成長記。淡島千景の存在感がじわじわと沁みる。